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不眠症

日本人の5人に1人は何らかの睡眠障害に悩んでいると言われています。不眠は「眠れない」という夜間の苦痛だけでなく、日中の眠気、だるさ、集中困難など、心身にさまざまな影響を及ぼします。

睡眠薬には様々な種類がありますが、その多くは長期に使用すると依存性が生じることが、問題視され適正使用が求められています。最近依存症を起こしにくい新しい作用機序の睡眠薬が登場してきました。

【睡眠】

(図1)

 睡眠は身体や脳を休ませ生命を維持するために必要な働きです。

 睡眠にはレム睡眠(REM睡眠)とノンレム睡眠(Non-REM睡眠)の2種類から構成されています。レム睡眠時には身体は休んでいますが、脳は活発に働いており、記憶の整理などが行われています。全身の筋緊張低下や、呼吸、脈拍、血圧などの自律機能の不安定化が見られます。ノンレム睡眠時には脳の機能は休んでいますが、成長や免疫などに関するホルモンが分泌されるなど、身体は働いています。自律機能は比較的安定しています。

一般的には、入眠後はノンレム睡眠が出現し、60~90分後にレム睡眠に移行します。その後ノンレム睡眠とレム睡眠は90分程度の間隔で繰り返され、朝に近づくにつれてレム睡眠が増加し、覚醒に向かいます(図1)。

 睡眠は恒常性維持機構(ホメオスタシス)と、体内時計により制御されています。体内時計は24時間よりやや長い周期ですが、光などの刺激によって24時間のリズムに維持されています。脳に存在する体内時計の制御下で覚醒中枢と睡眠中枢が相互に抑制回路を形成することで、睡眠と覚醒の交代現象が生じます。

 平均睡眠時間は6時間以上7時間未満と言われますが、必要な睡眠時間は個人差があります。また高齢になると睡眠時間は短くなりますので、日中快適に活動できる程度を目安とし、あまり睡眠時間にこだわらなようにすることが大切です。

【不眠】

(図2)

 近年慢性不眠症の心身への悪影響に関する研究がすすみ、夜間睡眠の劣化が日中の注意力、集中力の低下、倦怠感などを引き起こすこと、さらには作業エラーや事故の原因になりうることが明らかになりました。

 不眠とは夜間眠れないことに加えて、日中の眠気、倦怠感、注意力・集中力に低下など様々な生活の質の低下を伴うものをいいます(図2)。

 また不眠症状には入眠障害(寝つきが悪い)、中途覚醒(一晩に2回以上目覚めてよく眠れない)、早朝覚醒(通常起きる時間より2時間以上早く目が覚めてしまう)熟眠障害(眠りが浅くよく眠った感覚がない)などがあります。

 不眠の原因はさまざまですが、そのひとつに「覚醒」と「睡眠」のバランス、体内時計のリズムの乱れがあります。ストレス、生活習慣病や脳神経疾患、呼吸器疾患、うつ病、場合によっては薬なども不眠の原因になります。

 不眠は糖代謝、脂質代謝、血圧調節にかかわる様々な神経内分泌や自律神経機能を直接的に障害して、循環器疾患や糖尿病などの生活習慣病の発症・増悪に関与しています。これらの生活習慣病は、抑うつや神経痛、頻尿などを伴う場合があり、これによって睡眠障害が発症・増悪する可能性もあります。不眠症と生活習慣病の合併率は高く、生命予後の悪化にもつながります。

 またアトピー性皮膚炎による夜間のかゆみ、胃潰瘍などの消化器系疾患による痛みや不快感、喘息などの呼吸器疾患による咳嗽や呼吸困難、前立腺肥大症や過活動膀胱など泌尿器疾患に伴う頻尿、慢性的な腰痛、関節痛などの整形外科疾患やリウマチなどの疾患が不眠の原因になっている場合もあります。

 うつ病では中途覚醒や早朝覚醒の傾向があり、不眠症はうつ病発症のリスクを高め、不眠症状はうつ病に先行して出現することがあります。

 また心不全、高血圧、パーキンソン病、結核の治療に用いる薬や副腎皮質ホルモン(ステロイドホルモン)などによっても不眠を来たすことがあります。本人が気がついていない不眠の原因に、睡眠時無呼吸症候群がしばしば見られます。激しいいびきと共に夜間睡眠中に無呼吸あるいは低呼吸を起こし、その結果、夜間途中覚醒、過度の日中の眠気や集中力の低下、倦怠感などをきたします。これを放置すると生活習慣病である高血圧、糖尿病、不整脈の合併・悪化、さらに狭心症・心筋梗塞など虚血性心疾患、脳血管障害などの重篤な疾患をひき起こす可能性もあります。

 レストレッグス症候群は人口の2~4%に見られるといわれており、寝入りばなに、足むずむず感やほてりなどの症状により入眠障害が起ります。これらは鉄欠乏性貧血や糖尿病、透析中の慢性腎不全の人によく見られます。

【睡眠薬を飲む前に】

 まずは快眠のために規則正しい生活が重要です。「眠らなくては」という意気込みでかえって頭がさえてしまい、寝つきを悪くすることがあります。睡眠時間には個人差があり、短くても日中眠気で困らなければ大丈夫です。

 寝床で本を読んだり、テレビを見たり、物を食べたりせず、眠くなければ別の部屋に行き、その際は時間を気にせず、リラクッスして、眠くなるまで待ちましょう。

 夕食は就床3時間前までにすませ、その後はカフェイン(お茶、コーヒーなど)は飲まないようにしましょう。また就床前1時間は喫煙はしない。就寝前に激しい運動、心身を興奮させることはよくありません。就寝前に熱い風呂に入らないようにしましょう。

 就寝前に睡眠薬代わりにアルコールを飲むことは、夜中に目が覚めやすく、眠りが浅くなりますので快眠の妨げになります。

 毎朝同じ時間に起床することで、体に一定の睡眠と覚醒のリズムが身につき、自然に早寝早起きの習慣につながります。目が覚めたらカーテンを開けて朝日を浴び、体内時計のスイッチをオンにしましょう。体内時計がリセットされると、その14~16時間後に眠気が出てきます。

 20分程度の短い昼寝は頭をスッキリさせ、集中力や作業能力の低下を防ぎます。30分以上の昼寝は深い眠りに入ってしまい、かえって逆効果です。また午後3時以降に眠るのは夜の睡眠の妨げになります。

 朝食は心と体の目覚めに重要です。夜食を摂る場合や、空腹で眠れない時は、消化のいいものを少しだけにしましょう。

 運動の習慣は熟睡を促します。軽く汗ばむ程度の適度な運動を定期的に行うように心がけましょう。

 まずは睡眠薬を飲むまえに、下記のようなことに気をつけてみて下さい。また睡眠薬を飲んでいる方も下記の一覧を参考に睡眠環境を見直して下さい。

快眠のために

  • 就床時刻と睡眠時間にこだわりすぎない
  • 眠くなってから床につく
  • 眠りが浅い時は、むしろ積極的に遅寝・早起き
  • 毎日同じ時間に起床する
  • 昼寝するなら15時前の20~30分
  • リラックスする
  • 就床前は喫煙やカフェインの摂取を避ける
  • 夜間の照明は明るすぎないようにする
  • 起床時に日光を浴びる
  • 定期的な運動、規則正しい食事を心がける
  • 睡眠薬代わりの寝酒は避ける

【睡眠薬】

(表)

 抗不安薬(安定剤)と睡眠薬は一見異なるように思われますが、現在使われているほとんどの薬は、実は「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」といわれるカテゴリーにはいります。これらの薬の中で抗不安効果のより強いものが抗不安薬、催眠効果の強いものが睡眠薬と呼ばれています。抗不安作用や筋弛緩作用に基づく副作用が少ない「非ベンゾジアゼピン系睡眠薬」と呼ばれる睡眠薬もあります。しかしいずれの薬も脳の活動・興奮を抑え、脳全体を鎮静させて眠りをもたらす睡眠薬です。いままで最もよく使われてきた薬ですが、依存性などの副作用のため見直しが求められています。

 従来の睡眠薬とは全く作用機序の異なる薬が2種類あります。

 メラトニン受容体作動薬:メラトニンは体内時計の調節に関係し、睡眠と覚醒のリズムを調節するホルモンです。メラトニン受容体作動薬は、脳のメラトニン受容体に作用し、体内時計に働きかけて、睡眠と覚醒のリズムを整え、睡眠を促します。副作用が少なく、安全性の高い薬ですが、効果が若干弱く効果発現までに時間がかかります。

 オレキシン受容体拮抗薬:オレキシンは起きている状態を保ち、覚醒を維持する脳内の物質です。オレキシン受容体拮抗薬は「オレキシン」の働きを弱めることによって睡眠を促し脳の状態を覚醒から睡眠に切り替わることを助け、自然な眠りへと導きます。

 睡眠薬は血中の薬の半減期の時間によって、超短時間作用型(半減期2~4時間)、短時間作用型(半減期6~10時間)、中時間作用型(半減期12~24時間)、長時間作用型(24時間以上)に分けられます(表)。

 入眠障害には超短時間作用型、短時間作用型が用いられます。中途覚醒や早朝覚醒、熟眠障害には中時間作用型、長時間作用型が使われます。中途覚醒や早朝覚醒には、オレキシン受容体拮抗薬も有効です。海外旅行の時差ボケや、交代勤務、高齢者にみられる睡眠位相のずれによる不眠症にはメラトニン受容体作動薬が有効です。

 睡眠薬を長期に服用すると、認知症になるという事実は認められていません。

 睡眠薬で心配なのは依存症と副作用(特に高齢者で見られる転倒による骨折など)です。

【高齢者に対する睡眠薬の使用】

 高齢者ではよく不眠症が見られます。高齢になると薬物の代謝能、排泄能が落ち、しばしば他の薬も服用しているので、睡眠薬に限らず副作用が出やすくなります。

 高齢者では睡眠薬の服用により、眠気やふらつき・転倒、日中の精神作業能力の低下、場合によっては健忘などを来たすこともあります(これを持ち越し効果といいます)。

 従って高齢者ではベンゾジアゼピン系の睡眠薬よりは非ベンゾジアゼピン系の薬を、さらに最初は少量より始めることが大切です。安全性を考えると、効果が弱く効果発現までに少し時間のかかるメラトニン受容体作動薬、オレキシン受容体拮抗薬が望ましいと思われます。

【認知症と不眠】

 睡眠薬の長期連用による認知症の発症は証明されていません。むしろ逆に睡眠障害がアルツハイマー型認知症発症の一因になっている可能性が指摘されています。認知機能正常の346人を対象にした7.7年間の前向き調査では、不眠症群の非不眠症群に対するアルツハイマー型認知症の発症の危険度は2.4倍、うつ病を排除した解析では約3.3倍と報告されています。このほか睡眠時間の減少が約2倍、長時間睡眠が約2.6倍、昼間の眠気(過眠)があると約2.2倍、アルツハイマー型認知症発症を高めるなどと報告されています。30分以内の昼寝が認知症リスクを下げる一方、60分を越える昼寝は認知症のリスクを上昇させるという報告もあります。

 睡眠と覚醒がバランスよく制御されることで適正な生理状態が維持されていますが、睡眠-覚醒の制御システムに障害が生じると、脳内のさまざまな神経系に影響を与え、神経細胞死を経てアルツハイマー型認知症の発症を高めると推測されています。認知症になると逆に睡眠障害が起ってきます。昼夜逆転やせん妄状態がしばしば見られます。体内時計の機能障害や眠る力や目覚める力の低下が原因と考えられています。昼間日光を十分浴びることは睡眠-覚醒リズムを整え、夜間の睡眠を安定化させる上で意味があることと思われます。

【睡眠薬の減薬、休薬をめざして】

 睡眠薬は毎日服用して睡眠と生活の質の改善を目指します。その目標が達成されたなら、4~8週間その状態をキープして(維持療法)、その後様子を見ながら、ゆっくり減量していきます。自分の判断で中断や減量を行わず、医師にご相談下さい。

 ベンゾジアゼピン系睡眠薬は投与期間に依存して、睡眠薬に対する抵抗性が生じ、不眠改善効果が現弱します(耐性)。またベンゾジアゼピン系睡眠薬は減量、休薬により、治療以前よりも不眠が悪化したり、不安、焦燥、振戦、発汗、せん妄、痙攣などが現れることがあります(離脱症状)。従って減薬を始めるに当っては不眠症が十分改善(寛解)していること(不眠と日中の生活の質の改善)が前提です。

 作用時間の短い睡眠薬は依存性が強く、離脱症状が起り易いために、少しずつ、ゆっくり減量していきます。作用時間の長い睡眠薬は、1日服用を休薬しても血中濃度の低下が遅く離脱症状が起りにくいため、隔日法により休薬を目指します。いずれにしても休薬には時間をかけてゆっくりやって行きます。

参考文献:
睡眠障害と最新の睡眠医学:日本医師会雑誌、14 巻 ,12 号(2015,3)
認知症と不眠(朝日隆氏と清水徹男氏の対談):ベルソムラ(MDS 株式会社)パンフレット

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